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評者◆殿島三紀
復興という名のシジフォスの労働――監督 ジアード・クルスーム『セメントの記憶』
No.3393 ・ 2019年03月30日




■『女王陛下のお気に入り』『金子文子と朴烈』『ウトヤ島、7月22日』等を観た。
 『女王陛下のお気に入り』。アン女王、その幼なじみとして女王の心と絶大な権力をガッツリ握ったレディ・サラ、そして、従順な侍女として宮廷に侍り、やがて野心に目覚めていくアビゲイルという三人の女性たちの織りなす美しくも激しく、また、おぞましくもあるドラマが見どころ。ヨルゴス・ランティモス監督作品。
 『金子文子と朴烈』。イ・ジュンイク監督作品。関東大震災後、不穏分子として一斉検束された後、皇太子暗殺計画を自白し、裁判闘争を闘った二人。朝鮮出身のアナキスト・朴烈と不遇な生い立ちを経た虚無主義者・金子文子の人生を通して情熱の青春物語を描きたかったという監督は「あまり知られておらず、真意を見抜きにくい人物の生涯にスポットライトを当てる映画を作りたかった」と語る。
 『ウトヤ島、7月22日』。エリック・ポッペ監督。2011年、オスロから40キロ離れたウトヤ島で銃乱射事件が発生し、ノルウェー労働党青年部のサマーキャンプに参加していた十代の若者たち69人が殺害された。この事件をその発生から終息までに要した時間と同じ長さ、つまり事件のリアルタイムである72分間をワンカットで映像化した作品。観客はまさに事件を再体験することに。
 さて、今回紹介する新作映画は『セメントの記憶』。シリアからレバノン・ベイルートへ逃れ、現在はベルリンに住むシリア人監督ジアード・クルスームの作品である。
 ベイルートの超高層ビルの建築現場で働くシリア人の移民・難民労働者たち。彼らは紛争で全てを破壊され、故国を後にした人たちだ。そして、彼らがいま働いているベイルートも1975年から90年までの長い内戦で街の中心部が破壊されつくした土地。本作は復興に向けて建設ラッシュに沸く超高層ビルの現場とそこで黙々と働くシリア人労働者を描き出すドキュメンタリー映画だ。
 自国民同士が殺し合うシリアから逃れてきた難民たちが内乱の終わった隣国で働く。陽が昇り、陽が沈む工事現場の頂上で、無言で規則正しく日々の作業を繰り返す労働者たち。彼らは苛酷な労働の中でも髭を剃り、身なりを整え、穴倉のような宿泊所から仕事に向かう。低賃金労働と不潔な宿舎、日々繰り返されるシジフォスのような労働。
 静かな映画だ。登場する労働者も寡黙である。インタビューも対話もなく、彼らはひたすら寡黙でカメラに向かっては何も話さない。全ての色を混ぜ合わせれば黒になるように全ての苦しみと悲しみを混ぜ合わせると沈黙になるのだろう。映画に挿入される人の声はある男性の「記憶」という一人語りのみ。彼は少年の頃初めて見た海の記憶を語る。彼の語りが、静かな怒りを秘めたこの映画を一篇の詩のようにしている。
 超高層ビルの建築現場からは遥か下界の道路を絶え間なく通過する車や青く輝く地中海が見える。美しい海と空。順調な経済発展をうかがわせる眼下に広がるビル群。夕日が地中海に沈み、眼下の街並みに灯りがともる。美しい夕日と夜景が一日の労働の終わりを告げ、彼らは地下の巣穴へ戻っていく。街には”午後7時以降、シリア人労働者は外出禁止“と書かれた横断幕がかけられている。夜、雨漏りで水浸しになった地下で彼らは夕食を摂り、テレビを観る。画面には空爆された祖国が映し出される。
 朝と夜の繰り返しの中に挟まれる爆撃を受けたシリアの市街地。首都ダマスカスに次ぐシリア第二の都市アレッポ。中世イスラムの華と謳われた旧市街も今は瓦礫の山だ。
 3月にシリア内戦が始まって8年経つ。東日本大震災と同じ年、同じ月に始まったシリア内戦。東と西で繰り広げられる絶望と悲しみ。終わりは見えないが、いつか必ず終わりの日は来る筈だ。
(フリーライター)







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