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評者◆中村隆之
怒れる詩人・歌手コレット・マニー――コレット・マニー『アンソロジー1958‐1997』(ソニー・ミュージック、CD10枚組、2018年)
No.3388 ・ 2019年02月23日




■コレット・マニー(Colette Magny 1926‐1997)を知ったのは、振り返れば彼女が他界した頃だった。当時はCD音楽文化の全盛期で都内には大型店舗(タワレコ、HMV、WAVE、ヴァージンなど)がひしめきあって音楽好きの若者を惹きつけていた。その頃よくつるんでいた大学講師と一緒に六本木のWAVEや原宿のNADiffに通った記憶があり、アントナン・アルトーのような狂気の衝迫に惹かれる、純朴だとしか言いようのない仏文学生だった私は、前衛音楽やフリー・ジャズの文脈で語られるシャンソン歌手コレット・マニーになぜか出会ってしまった。とはいえ、当時はその難解な歌詞の政治性をまるで理解できぬまま、その叫ぶ不協和音に打ちのめされただけに違いなく、いったいどうしてコレット・マニーのCDの束を熱心に買い漁ったのかが分からない。そこには、都市型狩猟採集民族ともいうべき個人的な性だけでは説明のつかない不思議だが必然的な縁を感じるものの、その縁のことも不覚ながら忘れかけていた。
 ところが18年4月、20周忌を終えたころに彼女のCDが10枚組ボックスで発売され、この20年間漠然としか受容してこなかったコレット・マニーの音楽を再訪する機会を授かった。その音楽に改めて向き合うにあたり、渾身のコレット・マニー論である大里俊晴「全ての抑圧に抗して‥コレット・マニー、その生涯と芸術」(初出07年、『マイナー音楽のために』月曜社、所収)を再読し、念願のシルヴィー・ヴァデュロー『コレット・マニー‥ブルースの市民』(96年、仏語)を入手した。この本は当時少部数でしか発行されず、大里が「誠に遺憾ながら」参照できなかった「彼女についての唯一のモノグラフ」だ。再刊版(17年)はこの入手困難な一部をフランス国立図書館で見つけることから始まり、クラウドファンディングで資金を集めてついに刊行された。
 コレット・マニーの音楽を特徴づけるのは、何よりも政治性である。ブラック・パンサー党への連帯表明、勾留中の政治活動家の解放要求、北アフリカからの労働者や「不法滞在者」の苦境、イスラエル/パレスチナ問題、ヴェトナム戦争、広島の原爆……こうした主題をみずから選び、怒りを込めて歌ってきた。アルトー、ネルーダ、ゲバラ、ホセ・マルティ、リロイ・ジョーンズなど先人たちの言葉を引用しながら、彼女はその歌でもって権力に抗い、挫かれた人々を支えてきた。
 録音された音源として彼女のキャリアが始まるのは58年以降であり、当初は「セントジェームス病院」をはじめとするブルースやジャズのスタンダード・ナンバーを得意とする歌手だった。英語が堪能であり、国際経済協力機構で二か国語の秘書を17年勤めたのち、62年、36歳のときに辞職してプロの歌手として生きる決意をする。
 コレットにとり決定的であったのは、この年の一晩の出来事だった。
 ある日の夜、当時暮らしていたパリのアパルトマンの窓から突如激しい怒号が聞こえ、それがアルジェリア民族解放戦線派とフランス領アルジェリア派とのあいだの抗争であることを知る。翌日、近くのキオスクに走って日刊紙の朝刊をすべて買ったという。本人は「政治への遅い目覚め」だと語るが、ブルース・ソングを通じて黒人の苦境を表現してきた彼女のブルースがいわば借り物を脱するための必然的な道程だった。
 プロの道を目ざしてまもなく彼女の歌唱力は認められ、63年には大手CBSから出した自作曲「メロコトン」が人気を博した。この曲をタイトルとするアルバムではスタンダード・ナンバーのほかにユゴー、アラゴン、ランボーといったフランス詩人を歌っている。しかし、商業主義路線での成功にそもそも関心を抱かなかったコレットはCBSを離れると、新たな移籍先のレコード・レーベル「世界の歌」から、音楽的にも政治的にもよりいっそうラディカルな歌を発信していく。
 72年に発表した『弾圧』は、彼女の代表作の一つだと評せる。アメリカの国旗から飛び出す黒豹をあしらったジャケットに示されるとおりブラック・パンサー党の戦いに捧げられたこのアルバムはフランスにフリー・ジャズの観念をもたらしたピアニストのフランソワ・テュスクとの共同制作だ。「バビロンUSA」は疾走感のあるピアノ演奏にあわせてコレットが早口でこう語りだす。
 サン・クェンティン刑務所凶弾に斃れたジョージ・ジャクスン 警備員に背を撃たれた/アッティカの虐殺 黒人とプエルトリコ人の85% 暴動、異議申し立て 監獄システムに抗する レイシズムと抑圧に抗する/バ・ビ・ロ・ン・U・S・A
 コレットは71年に起きた2つの刑務所での事件を、権力と抑圧のシステム、脱出すべき悪の監獄というアメリカの国家イメージに一息に結びつける。このイメージの高速連結が彼女の政治歌のうちでは効果的に発揮されるように思える。実際、バビロンであるところのUSAにはすぐさま「ブタ」=「警察」のイメージが与えられる。KKK、サド=ファシスト、ニクソン、ミッキー・マウス、レーガン、ジェームズ・ボンド……これらが一匹の黒豹にとっての「ブタ」であり「バビロンUSA」だと彼女は畳みかける。
 このわずかな例でも分かるように、コレットは詩人であり、その原動力には怒りがある――わたしは巨大な怒りを抱えている。怒りを鎮められない。だから毅然としていられる。森に叫びに行くだろうね。
 コレットの怒りは抽象的なものではない。他者の困難と苦しみをみずからのものと感じる想像力が彼女の怒りの根源をなしている。だからこそ、その怒りは哀しみと表裏一体だ。68年、サントゥアンのトムソン工場で彼女が歌ったときのことだ。彼女が歌うにつれて年配の労働者が涙を流し始めた。自分の苦境を重ねあわせて泣いたのだ。その涙を見て、コレットは最後まで歌い切れる自信をもてなくなったという。彼女はそこで言葉を止めるが、彼女の目にも涙が流れたのだと思う。
 コレット・マニーは、他者のために、他者の代わりに歌いつづけた。同時代の世論からいかに忘れ去られようと、本物のブルース歌手、一人の民衆詩人の道を頑なに歩みつづけたコレット・マニー。彼女の歌は聴きつがれ、歌いつがれる――彼女のように優しい人々のあいだで、永遠に。
(フランス文学)







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