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評者◆吉田あや
「移民」という経験、「戦争」という哀しみ
小川
キム・チュイ著、山出裕子訳
No.3385 ・ 2019年02月02日




■「移民」という経験、「戦争」という哀しみ、それでも生きていくという苦しみ。ボートピープルとなり、ベトナム系カナダ人という不確かさの孤独と戦った彼女の本流。新年を祝う爆竹と機関銃が鳴り響き、ロケット弾や銃弾が花火で彩られた中を横切っていく空の下で生を享けた少女は、裕福な家庭に生まれた。その後、ボートピープルとなり、ベトナム系カナダ人となった。
 未来への不安と現在の恐怖を揺らしながら海を渡り、出迎えてくれた純白のカナダの大地。
 沢山の夢を描き、なんにでもなれるはずだった幼少期から、隣国の難民キャンプへと必死で逃れ、言葉や文化、それまでのすべてを捨て、ふたつの国の間で、そのどちらでもあり、どちらでもないという不確かな境遇になることは、時にどれほど心細く、どれほど孤独だったろうか。
 「人生は悲しみが敗北をもたらす戦いである」。戦争が沢山の人を苦しめ、蝕み、人間を根底から変えてしまう。でもそんな地獄のような中にあって誠実に隣人への愛を忘れない人の温かさに心救われ、命を助けられることもある。
 過去から学ぶことは大切だけれど、振り返るべきは過去ではなく、余分なものに思い煩うことよりも、今を懸命に、笑い、尊び、強く生きていくことが肝要だと、彼女の辿った人生の痕跡が教えてくれた。
 いくつもの彼女の歩んだ川を巡るように、ぽつりぽつりと記憶から零れ出すまま、小さな水滴が静かにゆっくりと波紋を広げていくように語られていく、記憶のパッチワークのような本書。
 「移民」という経験、「戦争」という哀しみ、それでも生きていくという苦しみ。木漏れ日の中、椅子に腰かけて語り聞かせてくれた彼女の背中にふと触れながら、過ぎ去った切なさを友として共有し、心の柔らかな場所にしまうような、不思議な感覚が体を包む、放心するような読後感。







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