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評者◆睡蓮みどり
二人の女と、母と子と――舩橋淳監督『ポルトの恋人たち 時の記憶』、ナグメ・シルハン監督『MAKI マキ』
No.3376 ・ 2018年11月24日




■東京都写真美術館で開催中の「ポーランド映画祭」に、来日中のイエジー・スコリモフスキ監督が登壇するというので行ってきた。未見だった『イレブン・ミニッツ』を観る。17時に始まり17時11分に物語が衝撃の結末を迎えるまで、複数の登場人物たちの時間や空間が交差し、パヴェウ・ムィキェティンの不穏な音楽が緊張を高めていく。トークのなかで監督は「11というあまり意味を持ちにくいニュートラルな数字を選んだ。10ではディケイド、12だと12ヶ月、13だと不吉な意味がある」と語っていたが、映画の上映がちょうど(わざと?)11月11日の11時からだったので、とても奇妙な感覚になった。1が並ぶとこわい。11という数字を見ると、「2011年3月11日」をやはり思い出す。
 ミゲル・ゴメス監督の『熱波』をアテネ・フランセで久々に観た。この映画は私にとって、とても大切な映画だ。全てが私の琴線に触れる。涙なくして観ることができないので、映画館でグズグズうるさかったと思う。近くの方々に申し訳ない。その映画でヒロインを演じたアナ・モレイラさんが、舩橋淳監督の『ポルトの恋人たち』でも主演を務めている。
 彼女にインタビューする機会があった。作品は18世紀のポルトガルと21世紀の日本を舞台に、アナ・モレイラさん、柄本佑さん、中野裕太さんの3人が、違う時代の違う人物を演じる。アナさんが演じるのはマリアナとマリナという二人の女性だ。彼女たちは違う人物でありながら、よく似た運命を辿る。自分の大切な人を奪われた女性の愛と復讐の物語だ。
 高校時代に兄の友人の監督作品への出演をきっかけに、女優の道に入ったという。演技の多くは映画の撮影現場で学んでいったそうだ。それまで女優になりたいと思ったことはなく、もともと、高校時代に美術を専攻し、大学でもグラフィックアートの勉強をしていて、つくる方に興味があったそうだ。映画づくりにも興味があり、自身で監督した短編映画『ウォーターパーク』が、その日のアテネ・フランセでも上映された。ちなみに彼女が影響を受けた映画で今日思い浮かぶものは(「日によって好きな作品は変わるからね!」とアナさんは強調していた。そこがまた素敵)、『赤い靴』(1948年、マイケル・パウエル監督)、『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984年、ウォルター・ヒル監督)、『上海から来た女』(1947年、オーソン・ウェルズ監督)の3本を挙げてくれた。
 『ポルトの恋人たち』の中身に戻ると、アナさんが演じる二人の女性は、抑制された社会のなかで暮らし、貧しく、自由を奪われた人物だ。そのなかで見出したささやかな幸せや愛が、支配しようとする人間の手によって簡単に奪われてしまう。彼女たちは復讐の方法として「愛には愛を」で、支配しようとしてきた男の心を支配する。悪女と言い切るにはもろく、母性的な愛情と憎しみの狭間で苦悩する。アナさん自身は「愛には愛を」というやり方は自分だったらしないけれど、と話しながら、マリアナ、マリナという二人の女性のなかにある矛盾をそのまま抱え込み、まずはこの役を信じたいと語る。
 「マリアナにとっては自分の身体しか使うものがない。殉教の聖女だと思います。マリナには声しかない。だから魂の叫びとしてファドを歌う。彼女たちは、突如積み上げてきた愛を失い、限界まで達してしまったのです」
 ファドはポルトガルでは馴染みのある音楽で、一時期は廃れていたこともあったが、ここ最近は若い世代が新しいファドをつくり上げていて人気が戻ってきたという。愛、郷愁、復讐について歌う彼女の顔は苦悩に満ちている。
 1755年のリスボン大震災、そして2011年の東日本大震災。この二つに色濃く影響を受けた二つの世界に生きる二人の女。震災後の過酷な状況。世界観を理解するために、舩橋監督とアナさんは3・11の写真をたくさん見たという。とても華奢で、笑顔が眩しいアナさんだが、この映画の世界、そして二人の女性に、身も心も寄り添おうとする真剣な眼差しが印象的だった。

 東日本大震災の2、3日後に、ニューヨークで自身の作品の舞台挨拶をしていたナグメ・シルハン監督は、スピーチの冒頭で映画の話ではなく、ずっと震災の話をしていたという。そのときはまさか自分が日本で映画を撮るとは思っていなかったが、何か引き寄せられたような気がする、と話してくれた。時を経て『MAKI マキ』が完成した。ナグメ・シルハン監督にもインタビューする機会があった。
 14歳くらいの頃からビデオ屋さんでアルバイトをしていたというシルハン監督は、「日本映画コーナー」に置かれていた小津や溝口の作品に影響を受けたという。小説では村上春樹や桐野夏生のファンだという。イランで生まれたが、父の仕事の都合でボストンやロスアンジェルスに移り住み、26歳まではアメリカのパスポートではないために、あちらこちらの街に移り住んでいた。映画の舞台となったニューヨークにも住んでいたという。
 ニューヨークの高級日本人クラブで働く孤独な一人の女性・マキ(サンドバーグ直美)がこの物語の主人公だ。男を追い掛けて一人東京からニューヨークへとやってきた彼女。今は同じクラブで働くボーイのトミー(ジュリアン・スィーヒ)との間に子どもを宿している。クラブのママ・ミカ(原田美枝子)はマキに対して何かと親切にしてくれるのだったが、実はトミーと共謀して子どもを養子に出してビジネスで儲けようとしている。
 実際の日本人クラブを取材して、「何かから逃げるようにいて、しかし居場所を求める彼女たちの姿」に、監督はかつての自分自身の姿を重ねたそうだ。マキが出産を経て、一人の女性として、母親として強くなっていく姿は美しい。監督自身も二人の子を持つ母親だ。映画監督になることを夢見ていた監督は、以前は子どもが生まれたら誰かに面倒を見てもらえばいいと思っていたが、生まれた瞬間から強い関係が生まれ、この子のそばにいなければ、と思ったのだと語る。周りに翻弄されながらも強さをもつ女性を描き切ったナグメ・シルハン監督の瞳にはとても強い光が宿っているように見えた。
(女優・文筆家)







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