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評者◆殿島三紀
美しいけれど汚い、汚いけれど美しい――監督 シュバシシュ・ブティアニ『ガンジスに還る』
No.3373 ・ 2018年11月03日
■『黙ってピアノを弾いてくれ』『モルゲン、明日』『止められるか、俺たちを』『ハナレイ・ベイ』等を観た。
『黙って~』。音楽界のヤンチャ坊主、チリー・ゴンザレスの魅力に迫るドキュメンタリーである。監督はフィリップ・ジェディック、本作が監督デビュー作となる。強烈な風貌と挑発的な態度ながらウィーン放送交響楽団とのステージで聴かせる繊細で美しいピアノ。見た目と音楽の落差に仰天する映画だ。 『モルゲン、明日』。福島第一原発の事故から3ヶ月後、2011年6月ドイツは2022年までに全ての原発を廃炉にすることを決めた。ところが、当事国である日本ではあの不吉な黒い袋は貯まる一方、汚染水もどうなっているのか、事故収束の糸口も見えないまま再稼働が始まり、原発輸出の話まで出ている。ドイツと日本の違いは一体どこに? その答えを求めてドイツに旅立った坂田雅子監督のドキュメンタリー映画。 『止められるか、俺たちを』。若松プロダクションが若松孝二監督の死から6年ぶりに再始動して作った作品。『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』など若松作品に出演してきた井浦新が若き日の若松を演じる。60年代末期から70年代の熱い時代を生きたピンク映画の鬼才たちが活躍。監督も若松プロ出身の白石和彌である。 『ハナレイ・ベイ』。監督・脚本は松永大司。村上春樹著「東京奇譚集」所収作品。サーフィンに明け暮れる19歳の息子とシングルマザーとして生きてきたサチ。彼女はその息子をサーフィン中の事故で亡くす。サチが再生し、息子への愛を取り戻すまでの10年間がハワイの海を舞台に描き出される。吉田羊が好演。 今回紹介する作品は『ガンジスに還る』。以前はベナレスと呼び慣れていたバラナシが舞台である。この地はヒンドゥー教及び仏教の聖地。ヒンドゥー教では輪廻転生の度に人々は大きな苦しみを味わい、それに耐えねばならないとされているが、バラナシで死んだものだけはその苦しみから解放されると考えられている。そのため、この地には毎日インド各地から遺体が運ばれて火葬され、死期が近づいた人はこの地でその時が来るのを待つという習慣がある。本作も、自らの死期を悟った父親が「聖地バラナシへ行く」と宣言し、しょうことなしに仕事人間の長男が付き添っていくという内容だ。 バラナシというと「死」と「火葬場」。日本人の感覚からすれば厳粛で深刻なイメージがある。その背景には藤原新也のあの写真とか、沢木耕太郎の「深夜特急」などで死に向かう人々の街という印象が強く摺り込まれていることもある。あの写真というのは野良犬が人の片足を咥えている例のもの。火葬した遺体はガンジス川に流されるから、燃え残って打ち上げられた遺体の足なのだろう。「人間は犬に食われるほど自由だ!」。そういわれても――。 しかし、この地では死はあくまでも日常である。これこそがバラナシが「インドの中のインド」と呼ばれる所以だろう。朝日に照らされるガンジス河、迷路のような細くて狭い路地裏、荼毘の煙に包まれた火葬場、幻想的な夜の祭り。美しいけれど汚い、汚いけれど美しい。生と死が混沌と混ざり合う街だ。 忌むべきものとして描かれることの多い死を深刻にならず、かといって、軽くもなく描き出した本作。暗い顔をして眉根を寄せる映画ではない。ガンジスの流れに知らず知らずゆったりとした気持ちになり、生きるということ、死ぬということを考えさせる。死さえ管理されているような現代社会から見ると、とても新鮮な視線の映画だ。 2016年ヴェネチア国際映画祭ビエンナーレ・カレッジ・シネマ部門でワールドプレミアが行われたが、上映後のスタンディングオベーションでは10分間拍手が鳴りやまなかったという。 (フリーライター) |
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