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評者◆殿島三紀
「人は運命を避けようとして選んだ道でしばしば運命に出会う」――監督 サミュエル・マオズ『運命は踊る』
No.3369 ・ 2018年10月06日




■『チャーチル ノルマンディーの決断』『きみの鳥はうたえる』『顔たち、ところどころ』等を観た。
 『チャーチル~』。ジョナサン・テプリツキー監督作品。権謀術数、尊大、傲慢……。必ずしも良いイメージばかりではないウィンストン・チャーチルだが、今年はなぜか人気である。3月には『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』が公開された。本作では1944年6月連合国側が推し進めるノルマンディー上陸作戦をなんとか阻もうとするチャーチルの作戦決行に至る苦悩の96時間が描かれている。
 『きみの鳥はうたえる』。監督・脚本は三宅唱。原作は佐藤泰志。41歳で自死した佐藤が再び世に出るきっかけを作ったのは死後17年経って出版された「佐藤泰志作品集」。その中の「海炭市叙景」を函館の映画館主が映画化し、話題となり彼の小説は全て文庫として復刊された。2016年、開館20周年を迎えた同映画館・函館アイリスは再び彼の作品を映画化。それが本作だ。函館を舞台に、友情も愛情もコントロール不能、不器用で意地っ張りな青春を描いたヴィヴィッドな作品。
 『顔たち、ところどころ』。監督&出演は87歳のアニエス・ヴァルダと33歳のJR。アニエスは「ヌーヴェルヴァーグの祖母」と呼ばれる女性映画監督のパイオニア。そんな祖母と孫ほど年の差のある二人が村人達の写真を撮って巨大に引き伸ばし、工場の給水塔や納屋のファサードや取り残された炭鉱住宅の壁等に貼りつけながらスタジオ付きトラックで旅をする。アート? パフォーマンス? 写真芸術? 村おこし? 過去へのオマージュ? それとも面白い遊び? それら全てが一体となったアート・ロード・ドキュメンタリー映画である。
 今回紹介するのは『運命は踊る』。原題はFoxtrot。フォックストロットとは二人で踊る4/4拍子の比較的早いテンポのダンスだ。本作の中でしばしば登場するこのダンス。どんなステップかというと「前へ、前へ、右へ、ストップ。後ろ、後ろ、左へ、ストップ」。何度やっても同じ場所へ戻る。一度動き出した運命はどうあがいても変えることができないという隠喩か。『運命は踊る』。良い邦題である。ラ・フォンテーヌも言う。「人は運命を避けようとして選んだ道でしばしば運命に出会う」……。
 監督・脚本は本作が長編2作目となるイスラエルのサミュエル・マオズ。20歳の時、レバノン戦争でイスラエル国防軍戦車の砲撃手として従軍。自身の戦争体験を基に脚本執筆を試みるが、戦時の生々しい記憶や匂いが蘇り、執筆中断。デビュー作『レバノン』の発表は構想から20年以上を経た2009年のことだった。その『レバノン』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。8年後に発表した本作も同じくヴェネチアで銀獅子賞を受賞。イスラエルのアカデミー賞(オフィール賞)も最多8部門を受賞した。
 イスラエルが参戦する戦争の不条理や犯罪性を描いていながらのオフィール賞8部門受賞!? 案外イスラエルも懐が深いと思いきや、スポーツ・文化大臣を中心とした政治家達から「イスラエルにとって有害な映画」という攻撃を受けていた。だが、本作はそんな圧力を撥ね返すだけの実力を持った作品だ。スタイリッシュな映像、巧みな構成力、子を喪った親の絶望、運命のフォックストロット。映画のワンシーン、ワンシーンが余りにも印象的。雨を孕んだ重い空、広大な砂漠、その真ん中にある小さな検問所の前をゆったりと通り過ぎる一頭のラクダ。ガーン!
 父、息子、母の立場や視点から構成される端正な三部構成。そして三部を通じて重層低音のように通底するフォックストロット。戦死した筈の息子が生きていたのに、結局は運命につかまってしまう――そんな結果が見える映画を、詩情さえ漂わせ、きちんと見せた監督に鳥肌が立った。
(フリーライター)







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