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評者◆殿島三紀
「私たちと同じことをしていた……」――監督 クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファー
No.3356 ・ 2018年06月23日




■『ゲッベルスと私』

 『妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ』『ビューティフル・デイ』『空飛ぶタイヤ』を観た。
 『妻よ薔薇のように』。『男はつらいよ』終了から20年を経て生まれた喜劇映画『家族はつらいよ』も既に3作目。毎度おなじみ平田家を舞台に巻き起こる家族のゴタゴタで笑わせてくれる。西村まさ彦演じる平田家の長男の無神経で思いやりのない言葉にとうとうブチ切れた妻・夏川結衣の家出を描いた本作。山田洋次監督は健在だ。
 『ビューティフル・デイ』。リン・ラムジー監督作品。前作『少年は残酷な弓を射る』から6年ぶりの新作。なんとなく不気味で観客に緊張感を強いるラムジー節は今回も全開である。人身売買や性犯罪の闇に囚われた少女たちの救出を生業とする主人公は海兵隊として派遣された砂漠の戦場やFBI時代に目にした凄惨な現場の残像をひきずる男。閃光のように襲撃する恐怖感に身がすくむ90分。
 『空飛ぶタイヤ』。2002年1月10日、走行中のトラックのタイヤが外れ、歩道を歩いていた母子を直撃。母親が亡くなった。2000年に発覚した三菱自動車のリコール隠しがとうとう死者を出すに至った事故を基に、池井戸潤が書いた大ベストセラーの映画化。意外なことに本作が池井戸作品初の映画化となる。本木克英監督作品。
 さて、今回紹介するのは『ゲッベルスと私』。1942年から終戦までの3年間、ナチスの宣伝大臣ゲッベルスの秘書として働いたブルンヒルデ・ポムゼル。彼女が終戦から69年の沈黙を破り、当時を語ったドキュメンタリー映画。彼女の独白インタビューと当時のアーカイブ映像から構成された113分の作品である。
 レンブラントの絵のように影の部分はあくまで黒く、わずかに光の当たる部分が103歳の彼女の深い皴を容赦なく際立たせるモノクロ映像と共に、歴史を証言するこの女性の鮮明な記憶力と衝撃的なアーカイブフィルムから目と耳をそらすことはできない。
 ユダヤ人大量虐殺を証言したナチス体制下の人間たちの映画はこれまでにもいくつか作られてきた。『ハンナ・アーレント』(12)ではニュルンベルグ裁判で証言するアイヒマンが登場したし、『ヒトラー~最期の12日間~』(04)はヒトラーの秘書トラウドゥル・ユンゲの証言と回想録「私はヒトラーの秘書だった」を基にした映画だ。アイヒマンは「命令されたことを実行しただけ」と無表情に証言し、ハンナ・アーレントはそれを「凡庸な悪」と言い放った。
 1911年にベルリンに生まれたブルンヒルデ・ポムゼルは1942年から45年までゲッベルスの秘書として働く。彼女がゲッベルスの秘書になったのは政治的な主張によるものなどではなく、22歳の時に知人のつてで国営放送局に入局し、やがてベルリンの中央官庁国民啓蒙宣伝省の大臣官房秘書室に勤務するようになったからだ。成り行きと言っていいだろう。本作の前半ではその経緯が103歳になった本人の回想として語られているが、その記憶に舌を巻くと同時に、その時代が彼女にとって思い出深い時代であったことも思わせる。
 「ゲッベルスは見た目のいい人だった」と語り、『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』(05)で描かれたショル兄妹の裁判記録も取り扱ったことがあるという。1943年2月に反戦ビラを配布し、反逆罪で処刑された白バラ抵抗運動の兄妹だ。「私は自分の人生でずいぶん失敗してきたけれど、常に義務は果たそうとしてきた」とカメラに語りかける彼女は「私に抵抗する勇気はなく、臆病でもあった」とも認めた。だが、あの時代にいたら虐殺されるユダヤ人を助けていた、と言う現代人に対しては「彼らも私たちと同じことをしていたと思う」と言い切る。
 果たして私たちは「違う」と論駁できるだろうか。彼女は昨年106歳で亡くなった。
(フリーライター)







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