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評者◆志村有弘
岸和田の合戦を綴る中野雅丈の歴史小説(「樹林」)――岡っ引夫婦の謎解きを描く牧山雪華の時代小説(「あるかいど」)、現代小説の力作・佳作
No.3337 ・ 2018年02月03日




■歴史小説では、中野雅丈の「岸和田合戦顛末記」(樹林第634号)が、豊臣秀吉に仕えた岸和田城主中村孫平次一氏と紀州勢との戦いを描く。勇猛果敢な一氏の風貌が生彩を放ち、脇役の横田内膳、得体の知れぬ僧体の疎雨の行動も作品に厚みを加えている。重厚な文体で展開する、読ませる力作。
 時代小説では、牧山雪華の「片恋――岡っ引女房捕物帖」(あるかいど第63号)は、薬種問屋の清兵衛とその浮気相手の女が死んでいた真相を岡っ引橋蔵の女房千鶴が謎解きをしてゆく。橋蔵・千鶴夫婦の人情味溢れる捜査コンビの行動が心地好い。連続テレビドラマにもできるかと。
 山下ともの時代小説「貧乏長屋の幽霊」(文芸百舌第2号)は、心温まる掌篇小説。細工師太助が刺殺され、その長屋に住み込んできた大工の息子源吉(少年)には幽霊太助の姿が見える。太助は源吉の母親よしにかんざしを作ってあげた。そのことを知って、情の厚い近所のおかみさんたちが、よしの家に食べ物を持って集まるようになる。太助は喜び、他のおかみさんたちにもかんざしを作ってやろう、しばらくここに居させて貰おうと思う。人情噺としても読むことができる。
 現代小説では、三嶋幸子の「遺体ホテル」(八月の群れ第65号)が、今と未来を考えさせられる作品。死んだ母は、ホテルのような遺体保管場に置かれていた。この遺体ホテルは火葬するまで遺体を安置し、葬儀をしない「火葬式」というコースの費用は十八万五千円。「僕」は、浪費癖のあった母の入院費を稼ぐために働いている気がしていた。「どれだけ、僕に迷惑をかけたら気が済むんや」と言うと、「そんなこと言っても、私は病気やから、仕方がないやろ」が母の応え。「オカンなんて、死んでしまえや」と母に言った僕も、火葬直後の骨箱が次第に冷たくなってゆくのを感じ、「こみ上げてくる熱いものを抑えることができなかった」という文で作品を結ぶ。理性とは別次元の肉親の情愛。「火葬難民」という言葉も現在・未来の実情を示していて暗い気持ちにさせられる。
 山田英樹の「エンゲルとグレーテル」(大衆文芸第76巻第1号)の主要な登場人物は、小学四年の達樹と五歳の早苗と母の良枝。達樹の両親は離婚していた。早苗の誕生日の日、達樹と早苗は、母がクリーニング店の店長に甘える姿を見た。早苗の誕生日の夜、良枝が達樹に「お父さん、欲しいと思った事ない?」と訊く。達樹は「要らない」と応え、「それって誰かのお父さんを盗む事になるんじゃない」と言い、「僕が早苗を守らなきゃ」と呟く。場面の展開など、よく構想を練った作品。
 牧子嘉丸の「孤影――旅の日の芥川龍之介」(トルソー第2号)は、視点が拡散している印象もあるが、作者の鋭敏な神経を感じさせる佳作。佐佐木茂索や南部修太郎の登場や、秀しげ子とのからみを入れるなど、物語を豊かにしており、木下杢太郎の言動が作品を陰影濃いものに仕立て上げている。死に近い芥川を視座としているのだが、伊藤整・太宰治における〈芥川〉という観点も看過できない。
 持続し続ける同人誌がある。「文芸復興」第135号が創刊七十五周年記念号。寄稿文や同誌の歴史を示す一九四三年時の編集後記を掲載し、宮澤建義編集長は七十五年間「自己表出の場を提供し続けている」、堀江朋子代表は戦時下の「文芸復興」同人は「時代に対する抵抗精神と自らの人間性を杖として、生き抜いたのだ」と述べる。「吉村昭研究」が40号を重ねた。研究誌であるだけに、主宰者の桑原文明をはじめとして弛まぬ不断の努力に敬意を表したい。
 詩では、池田瑛子の「恐怖の夜」(祷第55号)は、一九四五年八月二日、富山大空襲のおり、兄と七歳の「わたし」が必死に逃げ走った恐怖体験。B29から52万発の焼夷弾が富山市に投下され、「犠牲者 三千人/富山県庁 電気ビル 富山大和だけがのこった」と結ぶ。富山炎上を逃走しながら遠目に見た忘れ難い戦争の光景。
 短歌では、森下逮子の俘虜生活を送った父を歌う一連の歌と、「母逝きし齢を越えて八十路すぎ戦争なき世を只に祈らむ」(綱手第352号)という真情吐露の歌。森水晶の「蓮」(終刊号)掲載「夏の終わり」と題する、「選ぶとは捨てることだと言い残し細き手首の詩人は逝きぬ」の悲しさが心に残る歌。「蓮」は終刊というが、再び形を変えて……。
 「babel」が創刊された。同人諸氏のご健筆・ご発展をお祈りしたい。
 「季刊作家」第90号が松本敏彦、「潮流詩派」第251号が原子朗、「綱手」第352号が長崎豊子、「八月の群れ」第65号が竹内和夫、「文芸シャトル」第88号が三宅千代、「別冊關學文藝」第55号が多治川二郎の追悼号。衷心よりご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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