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評者◆志村有弘
一徹で、精力的な老人の姿を示す小網春美の異色作(「北陸文学」)――盗賊袴垂を描いた森下征二の豊かな想像力(「文芸復興」)
No.3311 ・ 2017年07月15日




■現代小説では、小網春美の「葬式の達人」(北陸文学第81号)の読後感が爽やか。肇・里美夫婦は金沢に住み、肇の父の要蔵は能登で暮らしている。耳が遠い要蔵は、毎朝大きな声で読経をし、葬式があると、僧侶の声に合わせて大声で経を読むため、要蔵が葬式を行っているようである。九十七歳とはいえ、頭脳は明晰。だが、自分の意見が通らぬと大声で怒り喚く。こうした要蔵の風貌描写が巧み。登場人物は全て優しく、とりわけ里美の言動が心に残る。要蔵が死んだあと、肇が、要蔵のお経がないと寂しい、「やっぱり父ちゃんは葬式の達人や」とつぶやく。要蔵の死と共に、猫のタマが姿を消したのも要蔵の終焉を示して象徴的だ。笑うべきではない内容であるのに、ユーモアを感じさせるのは作者の人柄の反映か、表現上の技倆であるのか。題名の付け方も巧み。
 永見篤彦の「孤灯」(山陰文藝第45号)が静かな文体で展開する佳作。主人公の千里は、夫と離婚し、娘は独立して他県に出ていった。一度関係を結んだ俊作は癌に蝕まれて他界し、母と内縁関係にあった望月の先々代も死去し、俊作の母もこの世を去った。親子であっても離れ離れになり、人は次々と消えてゆく。人の世の儚さ、寂寥、孤愁がひしひしと……。
 射場石成の「尊重と軽蔑」(AMAZON第483号)が力作。「僕」が高校・大学、そして社会に出てからも一途に想い続けたNKへの恋心が綴られる。手紙を書き続け、NKの下宿や勤め先(中学校)を訪ねたりする。見方によればストーカーまがいの行動をしているのだが、一方的な「僕」の行動は、時に滑稽でもある。そして、最後に示すNKの意外な行動描写も巧みだ。最後まで読ませる表現力に感服。
 磯部勝の「少女Z」(創第11号)は、高校生のいじめが軸。橘萌花は義父に妊娠させられたことがあり、それを級友に知られ、「死ね」と机の上に書き続けられる。実際に死のうと思うのだが、祖母に人に役立つことをしたいと相談し、介護の仕事を始める。介護施設にいる老人の願いを聞き入れて胸を触らせ、自殺しようと思っている幼馴染に望むなら性交渉をしてもいいと告げるなど、思考・言動に行き過ぎの感があるものの、萌花の姿は聖なる印象さえ受ける。元高校教師の「死んだら何も残らない」という言葉も心に残る。
 歴史時代小説では、森下征二の「滅亡の賦――大盗袴垂始末記」(文芸復興第34号)が文句なしの労作・力作。『宇治拾遺物語』や『続古事談』などを根底に、平安時代の盗賊・藤原保輔と袴垂を描く。役人に追い詰められ、腹を切って捕縛された保輔の喉を父の致忠が掻き切ったとか(致忠が獄舎で瀕死の保輔を抱き締めた話は説話集の伝えるところであるが)、袴垂を保輔の子に設定して保昌を殺害するのは、作者の創作である。ともあれ想像豊かな歴史時代小説を作り得ている。むろん、保輔と袴垂とは別人であるが、保輔は保昌の弟と見てよいと思う。
 森岡久元の「室津のキツネ」(別冊關學文藝第54号)が面白い。室津の旅籠のあるじ野本仙山は、人をかつぐ癖があった。江戸から長崎へ行く大田南畝が仙山の旅籠に宿泊することになり、南畝を尊敬する仙山は、そのことを喜びながらも、室津のキツネが修験者を誑かした話をし、修験者から貰った護符を見せ、その匂いを南畝にかがせるのだが、それは仙山一流の人をかつぐ行動。軽妙な文章、随所に見せる洒落が巧み。これも一つの名人芸というべきか。
 麻生直子の「岸辺の情歌」(中野教室第2号)は、叔父の家に兄や母と共に住むようになった幸子(作者その人と見てよい)の中学時代を描く。死んだと聞かされていた父が生きているらしい、母が死のうとまで思い詰めた「秘事」もさりげなく示される。心優しい兄の、一方で凛とした姿が好ましい。無駄のない文章で綴られる好短篇。
 詩では、西村雅人の「水門――Tに捧ぐ」(高知文学第43号)に示す世界が哀しい。小川を「ゆっくり」流されて、「水門をくぐった所で」君は「安らかな顔」で見つかったという。葬式では別れた妻、娘、孫が長い年月を経て再会したといい、詩人は「君は逝くときに/すべての水門を開いた/もう いいよ と言うように」と記す。詩人の優しさ。「別冊HASU」第4号は、「みず憩う天空の森へ詩の種子は最期の呼気に孕まれ昇る……」という美文で展開する瀬川葉子の詩をはじめ、六人の詩歌人の抒情世界を示す。華麗で神経の行き届いた冊子も芸術世界の極致。
 短歌では、松下紘一郎の「生まれ日に同じうして逝きし妻逝きて一年過去となりたり」(未來第784号)という悲痛な歌。
 「葦」第53号と「文宴」第127号が清水信、「海峡派」第139号が青江由紀夫・加村政子、「東京四季」第112号が伊藤桂一・中原歓子、「北斗」第637号が雨宮弘明、「ら・めえる」第74号が広田助利の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。 (相模女子大学名誉教授)







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