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評者◆石黒健治
365兆回のカシャ――写真には未来がある
No.3293 ・ 2017年03月04日




■デジタルカメラやスマホ、ケイタイで撮られている写真は、世界中でどれくらいの数になるのだろうか?
 フランスの精神科医で映像の評論でも知られるセルジュ・ティスロンは、1996年に出版された『明るい部屋の謎』の中で、年間「750億回のカシャ」について書いている。当時はまだフイルムの時代で、この数字もフイルムの販売数から換算したものだ。
 デジタルカメラは1995年、日本ではカシオを先頭に各メーカーから発売された。キャノンのプロ用一眼レフ「EOS Des」は130万画素198万円という高額で、普及にはほど遠いものだった。
 携帯電話にカメラがついたのは1999年、京セラ製が最初だった。『明るい部屋の謎』から20年、世界のスマホ・ケイタイ普及率は2011年には90%を超え、デジタルカメラの普及も全世帯の50%に達した。カメラは各社が連写機能を競い、メモリーも高速・大容量の時代である。
 SNSへの投稿から換算して、「カシャ」は1秒に25万回と試算される。1日に1兆回余だろうという試算もある。これだと1年間の「カシャ」は365兆回となる。
 20世紀は「映像の世紀」といわれた。21世紀もその流れはますます盛んに続いている。「365兆回のカシャ」は映像の大衆化、ホビー化に過ぎないだけ、とは思いたくない。「映像」の意味や役割が20世紀のままであるはずもない。
 「カシャ」は、時間を停止させることだ、とティスロンは書く。
 「……あらゆることがかくも速く過ぎ去っていく。しかも楽しい瞬間こそ!」。カシャは、過ぎ去っていく瞬間を〈凍結させる〉ためではない。むしろ逆なのだ、と。そして、
 「観光客がバスから降りて〈写真撮影〉をするや、ろくに写真に撮った風景を眺めもしないですぐに次の場所へと出発する。……」
 誰でも経験のあることだが、それは、カメラという箱に、記憶をとりあえず投げ込んでおく行為だというのだ。もちろん、あとで箱から取り出してゆっくり見るためだ。
 一枚の写真から千の記憶がよみがえる。
 「写真を撮ることは、必ずしも常に、死体に防腐処理を施すことに似ているわけではない。将来花が開くことを期待しながら種を蒔くことにも似ているのである」
 さらに、
 「……写真を撮ることは、まるで花々を摘み集めることに似たものになる。そうした行為を私たちは、世界の美しさに賛辞を捧げるという幸福のためにだけ行うのである」
 ティスロンの世界は美しい。しかし、21世紀に待っているのは、防腐処理など無縁の、スマホからスマホへ飛び交い、刻々腐敗していく映像の破片かも知れない。
 ティスロンの嘆きが聞こえてくる。
 画家が制作に応用したカメラ・オブキュラスから出発した写真は、肖像画など画家の持ち分をおびやかしながら、絵画の芸術性に追いつくことに必死だった。マン・レイのように、生涯、アートにコンプレックスを持っていたカメラマンもいる。
 写真は、事件や行事などをはじめとする記録性、災害や戦争などの報道性、免許証などの実証性という、絵画にはない実用性を持っている。幸か不幸か、このことがかえって写真をアートから遠ざける結果になった。
 MoMa(ニューヨーク・現代美術館)は、「1960年以降のアメリカの現代写真」について、鏡派と窓派の存在を指摘している。
 窓派は、外部世界の現実を捉え、鏡派は、写真家自身に内在する視覚を表現する、というのである。しかし、社会の出来事を記録する窓派にしろ、写真家独自の目を持たなければ単に陳腐な記録でしかなく、鏡派も、時代のうしろで寝転んでいて良いわけはない。むしろ時代と共に生きて、時代を背負ってこその鏡派であろう。
 いま世界は、365兆カットの写真の海に、溺れながら、社会批判や文明批評を盛り込み、さらに人間の本質に迫る1枚の写真を必要としている。
 それは多分、「レンズの眼は肉眼より良くものを見る」(E・ウェストンの言葉)からだ。
 アメリカの批評家スーザン・ソンタグは、「すべての芸術は写真にあこがれている」といっている。
 写真には未来がある。
(写真家)







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