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評者◆吉田文憲
「制御できないもの」をめぐって紡がれる物語――以後の「いま」を生きることを描く「迷宮」(中村文則、『新潮』)
No.3048 ・ 2012年02月04日




 「3・11」以前、以後という言い方が、しきりになされる。だがいつからか、あるいはいつでも自覚的な表現の世界は震災以後を生きていたのではなかったか。それでも何かが変わった。見えないものが見えるようになった。かつそこには自分を免責できない当事者意識もまとわりつく。知らないことが、知らされていないことが、かつそこで自らも何がしかの利益を享受し、ある種の権力や言説によってコントロールされ目に見えないようにされていたことが、いまは怒りにも似た自責の念と事後の加害者意識に反転する。
 『新潮』は号全体に「2012:未来から聞こえる言葉」というタイトルを冠している。その中の「島尾敏雄の戦争体験と3・11以後の私たち」という桐野夏生の講演。桐野は、3・11は戦争体験に匹敵する、という。さらに、3・11によって制御できない二つのものが本性を露わにした。それは原発とソーシャルメディアだ、ともいう。ツイッターやブログ、フェイスブック等による呼びかけを通じて、ウォール街では格差社会の是正を訴えるムーブメントが起きた。中東では政変まで起きた。そのことを素晴らしいと思う一方、「ソーシャルメディアは人々の無意識を制御できない」、それはときに単純な正義や幼稚なナショナリズムに行き着いてしまう危険がある。ネット上なら何を言ってもいいという潮流は、問題に対して誰が責任を取り、本来の目的をどこに設定するのかという思考を奪う恐れがある、とのべる。そこで何が起こっているのかを誰も知らない。だから渦中にいながら、当事者でありながら、一刻を争う事態の中で誰もそれに対し正確で適切な判断を下せない。かつそれに対して責任を取ろうともしないし、取ることもできない。私たちが「あの日」以降、この十ヵ月見てきたのは、そのような事態ではなかったか。しかもそこでは自分がそのどこかに位置する事態の当事者でもある。
 『群像』の新連載、大江健三郎の「晩年様式集」には、あたう限り作者に近い老作家が、震災以後、余震の続く中、新しい緊急の寝場所にしている階段の半踊り場で「ウーウー声をあげて泣く」場面が描かれている。それを知的障害を持つ息子が「大丈夫ですよ! 夢だから、夢を見ているんですから! なんにも、ぜんぜん、恐くありません!夢ですから!」と脇に立って励まし、しきりに語りかける。一瞬私はかつての名篇「火をめぐらす鳥」(『僕が本当に若かった頃』所収)のラストシーンを思い出したが、災厄に異様な共鳴音をたててひずむ身を寄せ合う二つの身体の過敏なアンテナ、この深夜の、父と息子の踊り場での実に印象的な所作・場面を、私はこれから大江作品を読むたびに忘れないだろう。
 中村文則「迷宮」(『新潮』)は、直接震災や原発以降の事態を描いているわけではない。けれどこの作品はそこで何が起こったか(起こりつつあるか)わからない、かつそれに共鳴する個(当事者)の内部で暴発する「制御できないもの」を描いている。ストーリーの中心に「日置事件」と呼ばれる事件がある。夫、妻ともに鋭利な刃物で刺殺、長男は激しく殴打された上に毒を飲まされて致死、そして十二歳の長女だけが生き残った。しかもこのとき美しい妻の裸体のまわりには、それを飾るように、無数の折鶴が散乱していたという。通称「折鶴事件」とも称された迷宮事件。弁護士事務所で働く主人公の若い男は、偶然のように(むしろ自分の内部に蠢く不穏な力に誘い込まれるように)この事件の当事者の長女と出会い、それをキッカケに事件を担当していたかつての弁護士、事件を調べているルポライター、会社での不正経理が発覚していまは行方不明になっているその長女のかつての恋人など、様々な関係者、当事者たちと次々に会う。
 「日置事件」の真相とは、何なのか。物語はあたかもその謎解きの様相を呈している。登場人物たちはみな、この事件に呪縛されて、十二年経ったいまも、なまなましくその以後の「いま」を生きているのだ。日置、というアイロニカルな命名、それは、これが過去の出来事ではなく、いまも進行しつつある未知の出来事であることを語っている。その「日置事件」のブラックボックスともいうべき迷宮に震災や原発事故を重ねてもいい。いやあきらかにこの作品はその衝撃(後遺症)の中で書かれている。文中に、登場人物のひとりがそのとき子供心にいだいた「自分が破滅するような予感」という一文がある。事件の遺児の長女と主人公の若い男の「制御できないもの」は、この言葉の上で激しくスパークしシンクロする。今月一番の作品だろう。
 青来有一「人間のしわざ」(『すばる』)。ここではあのブラックボックスの場所に、爆心地ナガサキ、さらにはアフガンや中東の紛争地帯、そして原発、震災以後の被災地の記録と記憶が重ねられている。それは戦争カメラマンでもある主人公の男の「声を奪ってしまった」場所だ。このノドボトケを焼かれた男はいま戦場の悪夢にうなされながら、三十年ぶりに再会したかつての恋人の腕の中にいる。性愛のシーンに紛争地の記憶、癒えない傷痕が重なる。人間という生き物は、何をやるのか。何をやってきたのか。「人間のしわざ」を別の言い方でいえば、これもまた人間という生き物のどうにも「制御できないもの」ということになる。それはエロスの、生存の剥き出しの条件を語るものでもあるだろう。「雪の日の教皇さまを迎えての神聖なミサ」の場面に、なぜか「黒焦げの老人」の姿が見えてしまう男の眼。それは「人間のしわざ」のあくなき聖性への渇仰とこの三十年の悪夢の後遺症を語るものでもある。詩のように結晶度が高く、イメージ豊かな場面が続く。それを作者は女性の語り口で、「閨の物語」として語ろうとする。ここにもこの作品の大きな救済の場所がある。
 青山七恵「すみれ」(『文學界』)。両親の大学時代の友人で、若い頃は小説家志望の中年の女性と、やはり小説家志望の十五歳の少女の交流を描いた物語。まわりからはエキセントリックにみえるその女性だが、十五歳の「わたし」からはそこにいる誰よりも正気にみえる。大人になってから忘れ難いその女性のことを何度も小説に書こうと思ったが「レミちゃんはわたしに近づいてこない。海も近づいてこない。ただあの冬の日、鎌倉の浜辺で笑っていたレミちゃんの笑顔だけが、割れて細かい音になって、それでも言葉を探そうとするわたしの体をふるわせる」。物語のラストを引用したが、読後こちらもせつなく体をふるわせずにはいられない。物語を、そこに描かれている場面場面をこの少女とともに思わず抱きしめたくなるような秀作だ。
(詩人)
※2012年の「文芸時評」欄は、吉田文憲氏が担当します。







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