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評者◆杉本真維子
見ちゃいられないよ。    
No.2943 ・ 2009年11月28日




 新宿のはずれのカフェで本を読んでいると、スペイン人と日本人のグループがぞろぞろと入ってきた。近くに文化会館があるので、フラメンコ公演を終えたばかりの出演者だと地元の勘ですぐにわかった。店内の客はみな顔をあげ、その息が合ったのか、一瞬しずまりかえった。
 彼らは、まだ踊りたりないというように、注文の列に並びながら、手を打ち鳴らしたり、ターンしたり、ステップを踏んだりしていて、そのうち、本気で踊りだす者まで現れ、あっという間に、そこがフラメンコ小屋みたいになってしまった。
 素人の踊りではないから、それはそれで見事だったし、美しいと思う場面もあったのだか、残念ながら、そのときわたしはまったく踊りを見たい気分ではなかった。変な話だが、この些細な出来事によって、ダンスは無条件に人を誘うものであってほしい、という勝手な理想みたいなものが、崩された気がした。「素晴らしいけれど騒音でしかない迷惑なダンス」を、初めて目の当たりにしたのだ。
 気づくと周囲のテーブルの上は、白いストローが斜めにささった空のグラスばかりになっていた。わたし以外のひとり客は、すっかり退散していたのだ。

 ばあちゃんの好きな花って何だったっけ?
 そんなこと、考えていられないよ。

 唐突にも、そのとき、祖母の最期の言葉を思い出していた。死の瀬戸際で、好きな花のことなんて考えていられるはずがないのに。そんな質問を本気でした自分を、恐ろしいような、あるいは自分ではないような気持ちでときどき思い出すことがある(しかも、子どもの頃ではない。ごく近年のことなのだ)。そのたび、文学や芸術に対する新鮮な懐疑を、わたしはたぶん祖母から、与えてもらっている。
 たしかに、あのダンスは素晴らしかったし、美しかった。そして、美しいということの普遍的な価値は「世界」に対しては負けることがない。でも、「個人」には勝てない(という言い方ではまだ充分ではない)。まったく踊る気のなかった私にとって、ダンスが騒音でしかなかったように。

 花のことなんて考えていられないよ。
 ダンスなんて見ちゃいられないよ。
 詩なんて読んじゃいられないよ。

 そんなふうに思う日も、くるのだろうか。和室で、花を活けていた祖母の、ぴんとのびた背筋がちらっと見えた。だって、あれほど、花が好きな人だったから。







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