書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆増田幸弘
表現の自由???
No.2942 ・ 2009年11月21日




 チェコの新聞社に勤める知り合いの記者に頼まれ、新聞社のサイトにあるブログの執筆陣の一人になったことがある。首相を務めたことのある政治家も名を連ねるご大層なブログなので、ぼくのような一介のフリー記者が書くような場ではなさそうだったが、外国からのゲストとしてとのことだったので、引き受けることにした。

 最初、共産主義はチェコではいまもタブーなのか問いかけるような記事を書いた。1989年に共産体制が崩壊して20年を迎えても、当時の生傷は癒えぬまま、多くの人の心に深く刻み込まれていると感じているからだった。その記事を読んで、タブーだとコメントする人もいれば、そうではないとコメントする人もいた。かなり多くの人が書き込んできた。そんななか、奇妙なコメントをしてくる人がいることに気がついた。

 その人はぼくのことを個人的に知っている人のようだった。最初はピンとこなかったが、あまりにしつこく個人攻撃をしてくるものだから、おぼろげな像が次第に結ばれていった。共産体制のときから知っている顔見知りだった。最初、確証はなかった。しかし、その人のIPアドレスと、書き込んだときのIPアドレスが一致し、まさかのビンゴとなってしまった。

 振り返ればチェコに暮らしはじめてほどなく、個人的にやっていたブログにいやがらせを書き込まれるようになった。ストーカーまがいの執拗な書き込みだった。日本語の書き込みだったが、妙な癖のある日本語で、チェコに住む日本人か、それとも日本語ができるチェコ人だろうと感じた。ばからしくなって、そのブログは閉じてしまったが、IPアドレスは件の人物のものだった。

 いったいなぜその人がそんなことをしてくるのか、合点がいかなかった。そこで新聞社のブログの担当編集長に相談し、面倒を避けるためにも、コメントができないようにして欲しいと頼んだ。ブログとはいってもあくまで記事のつもりだったし、コメントを通じてだれかと交流したいという気持ちもなかった。コメントに答える時間もない。

 すると意外な返事が返ってきた。言論の自由の観点から、コメント機能を停止することはできないというのである。ストーカーまがいの嫌がらせが言論の自由だとはとても思えない。しかし、それが共産体制下、一切の表現の自由が奪われていたチェコのメディアがいま考える「言論の自由」だった。なんでもOKというわけである。

 こんなことがあって、ぼくはチェコのメディアに対し、大いに失望した。そんな「言論の自由」を主張するなんて、あまりにレベルが低い。共産体制下、自らの主張を発するために発行が禁止されていた新聞を地下出版したようなかつての輝きはすでにどこにもなかった。もちろんそんなものはもはや幻影にすぎない。チェコの大手新聞社はいまやどこも外国資本である。

 いろいろ考えたが、結局、ぼくはそのブログの執筆陣から降りることにした。無理してつづける意味はないし、こんなことでストレスを感じるのもばかげている。

 と同時に、閉塞状況にいまある日本のメディアのレベルがいかに高いのかを感じることにもなった。取材、記事、編集、撮影、デザイン、印刷、すべての面で世界のトップレベルにある。メディアを支える読者も読み手として一流だろう。もちろんすべてがすべてではないが、これまでぼくらが培ってきた質の高いメディアのありようを、ぼくらはもっと誇ってもいいだろう。閉塞状況にあるからといって、腐ってばかりはいられないはずだ。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約