書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆杉本真維子
トザンさん、あるいは風船ときゅうりのこと
No.2939 ・ 2009年10月31日




(「アジア現代詩祭」に参加してきた杉本さんに、会期中に印象に残ったエピソードについて話していただきました。10月24日、東京・神保町にて。編集部)

 10月15日から21日まで、中国で開催された「アジア現代詩祭」に参加してきました。堅苦しいものではなく、どちらかというと本当に「フェスティバル」、お祭りみたいな感じでしたね。参加したのは台湾、韓国、トルコ、インド、モンゴル、中国、日本です。内容は北京大学の前夜祭を含めて、安徽省など各地を移動しながら3回の朗読、シンポジウムが1日ありました。日本からの参加は、藤井貞和さん、蜂飼耳さん、久谷雉さん、そして私、というメンバー。中国の詩人・田原さんがパイプ役をされ、司会もされていました。
 実はこのフェスティバルは、今回が一回目なんですね。今までは中国と日本の間でシンポジウムだけということはあったのですが、こういう、七日間で、アジアの何カ国もの詩人が来るという大規模なイベントは初だったようです。参加した詩人たちと一緒に、北京からさらに国内線で移動して、世界遺産に登録されている黄山を登山したり、桐城など古い町並みを見学したり、朝から夜までの盛りだくさんのスケジュールで忙しかったのですが、交流を深めることができました。
 特に印象に残っているトザン・アルカンさんは、トルコの詩人です。背の高い、あまりおしゃべりな人ではなかったのですが、それでいてジョークがうまく、聡明で、ちょっと天然な感じのする人でした。シンポジウムは、中、英、蒙、日の通訳があったのですが、それ以外は自力で聞いたり話したりすることが多かったので、積極性が求められるところが多々あって、でも、トザンさんはトルコからたった一人の参加でしたので、しばらくは周りで何が起こっていたか、よくわからなかったんじゃないかと思います。自分の詩の朗読のときも何が何だかよくわからないままいきなり呼ばれて、実はものすごく驚いたまま朗読をしていたとか、晩餐会の時間もよくわからなくて、朝食にはずっとチョコレートだけをばりばり食べていたとか(笑)。そういうことを、最後の夜――インドの数学者でもある女性詩人・リッタさんから聞いて、トザンさんを含めた数人で大笑いしました。
 たまたま移動のときのバスで隣の席になったので会話ができたのですが、そこでお互いに名前を名乗りあって、「トザン、っていうのは日本語で「山に登る」という意味なんですよ」と教えたら、すごく驚いていました。実はその前日が山登りだったのですが、「なぜ日本人は自分の名前をやたら呼ぶのだろう」と不思議に思っていたそうです。 私たち日本人が「登山だねー」と言い合っていたのを、自分の名前を連呼しているように聞こえたのでしょう。それなのにこっちにも来ないし、いったい何なんだろうと(笑)。音もイントネーションも全く一緒なんです。でも喜んでくれたみたいで、「どんな山に登るのも「登山」なの?」と聞いてくれました。いい意味ですからね、「山に登る」ですから。
 あと印象に残っているのは、孔城という小さな町へ行ったときですね。外国人が訪れるのは初めてのようで、町の人がみんな外に出てきて、ずっと後をついてくるんですよ。何かを売ろうとかそういうことではなくて、たぶんただ単に珍しいから。そんな体験は初めてなので貴重でした。トザンさんは顔が西洋人に近いので、特に珍しがられていました。その町の人たちは、都市部の人たちを見ることもあまりなかったみたいで、北京の詩人も\"We are Pandas!\"と冗談を飛ばすほど、道が混雑して、警備が出るほどの大騒ぎでした。
 あと、この町では即売会みたいなのをやっているように…見えるような催しが開催されていて、「見える」というのはいまだにあれが何だったのか、よく分からないのですが、ちょっと屋根のある空きスペースみたいなところで、なぜか料理人のような格好をしたおじさんがきゅうりを包丁で切っていて、そのあと風船をふくらませたんですよ。黄色い風船。それで皆、町の人もいっしょに、なんだなんだって見てたんですね。そしたら風船が突然割れて、軽く切ったきゅうりが飛び散って、そしたら群衆がシーンとしてしまって、その後みんな、ばつが悪そうな感じで退散していったんです。今のは何だったんだろうね――きゅうりなのになぜ風船?しかもなぜみんな急に帰るのか?全然分からなかったので、通訳の中国人女性に聞いてみたんですが、そしたら「いまのは失敗したみたいです」との答えで、「じゃあ、成功したらどうなるんですか?」って聞いたら、「わかりません」って(笑)。
 きゅうりを切って風船をふくらませ、最後に割れる。みんな見なかったような、これ以上突っ込んではいけないような感じがして、なかったことにして帰る。最後まで何を作っているところだったのか、風船が割れなかったらどうなる予定だったのか、とうとう分からずじまいでした。あれは本当に、何だったんでしょうね?







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約