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評者◆増田幸弘
フリーの肩書き
No.2927 ・ 2009年07月25日




 最近、引っ越しをして、名刺をつくりかえることになった。住所と電話番号が変わったのだから、仕事のうえでも、できるだけ早くやらなくてはいけない。「イラストレーター」で版下をつくり、それをつきあいのある印刷所に電子メールの添付ファイルで送ると、しばらくすれば名刺が郵便で送られてきた。

 こうした作業自体はチェコも日本もそう変わりはしない。定型となる名刺の判型が日本とは少し違い、縦が10ミリ短かったりすることぐらいだろうが、日本と同じ判型でももちろん印刷できる。アウトラインをとれば、日本語もまったく問題なく印刷できる。

 しかし、肩書きをどうするかは、いつも悩むところである。ぼくのなりわいは「フリーライター」ということになるのかもしれないが、この「ライター」という肩書きがずうっとしっくり来なかった。だから取材先などで「ライター」として紹介されたことは何度とはなくあるが、自分でそう名乗ったことは一度もない。

 文章を新聞や雑誌に書くとき、日本では「フリー編集者」としている。それは「フリーライター」を避ける方便ではあるが、長らく単行本の編集もしてきたこともあり、そのほうがしっくりくるからでもある。かといって、いまは単行本の編集はしていないし、雑誌の編集部にいるわけではない。だからぼくは「編集者」ではないのかもしれない。

 ぼくがやっていることはといえば、企画を立て、取材をして、写真を撮り、誌面(紙面)全体の構成も考える。おこがましくも「カメラマン」とは名乗れないが、写真も撮る。その意味でぼくの仕事は「編集者」なのだと思っている。

 もしかすると本当は「フリー記者」という肩書きがいちばんしっくり来るのかもしれない。しかし、「記者」というのは特定の新聞なり雑誌なりの編集部に所属しているニュアンスが強いように感じる。だから「フリー記者」というのは日本語としてちょっと微妙なのかもしれない。

 そんなこともあって、「フリー編集者」という曖昧な肩書きをこれまで使ってきたわけである。日本語の場合はたぶんそれでいいのだろう。しかし、いまは取材対象が日本や日本人ではないため、この日本語の肩書きは使えない。

 ヨーロッパの国々で仕事をするとき、「エディター」と「ジャーナリスト」の二つを使い分けてきた。取材をともなわずに図版などを集めたいときは「エディター」で、取材をともなうときは「ジャーナリスト」としてきた。図版だけほしいのに、「ジャーナリスト」と名乗っては警戒されることもあるからだ。

 プラハで仕事をはじめた最初の3年はチェコ国内だけを取材のエリアとしていたこともあって、チェコ語で名刺をつくってきた。「novinar na volne noze」、これで「フリージャーナリスト」という意味になる。

 どこの新聞社にも雑誌社にも属していないのだから「フリー」はよいにしても、日本語の肩書きでは「ジャーナリスト」なんてこそばゆくって気恥ずかしい。そう感じるのはみな同じようで、日本の新聞記者は英文の肩書きに「スタッフライター」と使っていることが多いようだ。「スタッフライター」の反対が「フリーライター」なわけである。

 しかし、今年になって、チェコ以外の国でも取材をすることが多くなった。チェコ語の名刺なんて、だれもわからない。そんなこともあって、名詞の肩書きに「フリーランス・ジャーナリスト」として、そこに「編集・執筆・写真」と小さくそれぞれ英語で入れることにした。さらに漢字でも名前を入れた。

 仕事のうえでの自分のアイデンティティーに悩んでいるわけでもないにもかかわらず、肩書きをどうしたらよいかで悩むなんておかしなことである。それにもかかわらずこんなふうに考えてしまうのは、たぶんやらなくてはいけないことが単機能ではないからだろう。「ライター」では写真を撮るときに「え、写真も撮るのですか」と言われてしまう。その点、カメラマンやデザイナーはすっきりしていいなあと思う。

 仲のよい友だちがとある会社の海外支店に支店長として最近、転勤した。彼はまさに「支店長」なのだろうけれども、ぼくらフリーなんてあくまで「自称」なのかもしれない。痴漢をしたり、コソ泥をしたりした人が、ときどき「自称漫画家」「自称デザイナー」とかで新聞の片隅に載っていたりするけれども、あれはちょっと恥ずかしいかもしれない。







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