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評者◆杉本真維子
校門の前の黒いマント
No.2925 ・ 2009年07月11日




 むかし、小学校の門の前に、教材セットなるものを巧みな話術で売りにくる男の人がいた。学校は、買ってはいけません、としきりにアナウンスしていたが、下校時刻になると門の前に人だかりができていて、そこに混じって話を聞いていると、むくむくと欲しい気持ちが湧いてくるのだ。
 ほしい、ほしい、そういって、手を伸ばしたくなるくらい、そのセットに付いてくる特典が素晴らしかった。最新型のふでばことか、こんなの絶対に見たことない、というような、小学生には心躍るものばかりだった。背の高い男の人は、それらを頭上に掲げてしゃべるので、こちらの身長よりもずっと高い位置にあるそれが、眩しい憧れのように感じられた。
 家に帰って、親に話すと、だめ、とも、いい、とも言われなかった気がする。たぶん、本気でねだるところまではいかなかった。学校が毎日のように、買ってはだめ、というものだから、その男の人に対して、悪い人、怪しい人、というイメージも持っていて、それが心の奥の一点を密かに怯えさせてもいた。
 だから、それを本当に手に入れることは、後ろめたいことだとも感じていて、たしか、たった一人だけ、顔も名前も知らない子が買ったような気がするが、それを見たとき、意外にも、なんともいえない、うっとりと甘みのある気持ちがした。その子だけ、黒いマントを着た悪魔にそっと呼ばれ、何かをすでに決意したような唇で、その袂のなかへ自分から入って行くような。
 学校は、そんなに厳しく禁止するのに、なぜ直接注意しにこないのかなと、子ども心に不思議でもあった。校門の外は学校の敷地外だから規制できないとか、何か事情があったのだろうか。その謎も、今おもえば、商品をいっそう魅惑的なものにしていたようだ。でも、ときどき、思う。あれを買っていった、見覚えのない子は、じつは浚われていったのではないかと。







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