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評者◆杉本真維子
身体、その乾きと渇き ~「喜びの海」(2)
No.2913 ・ 2009年04月11日




 マットの後ろに、単管で活けられた「老木」はあった。上野はそこにのぼり、まさに老木を足場にしながら、その自らの足場を破壊していく。光を与えられているのは前方の関の身体に限定されているので、上野の姿はほとんど見えない。解体されて落下する単管の音と、単管を移動するときに漏れる呼吸のようなものだけが、こちらに伝わってくる。
 たぶん三年くらい前だったと思う、そのときは生野毅の俳句とのコラボで、私はそのDMの寄せ書きのためにリハーサルに立ち会ったのだが、そこで初めて目にした上野雄次の〝はないけ所作〟はたいへんな衝撃だった。背丈よりも大きな枝を抱え、床に押し付け、ロープで縛り上げている姿はまるで「夜半の殺め」のようで、私はたちまちそれを目撃してしまった「共犯者」として場に絡めとられた。背中しか見せない上野はそこでも徹底して影だったが、今回は影どころか視覚で捉えられないほどの闇に潜り、存在はほとんど音だけで伝えられていた。つまり、老木を見せるのではなく、聞かせていた。
 上野雄次という人は所作だけで観客を魅了する。――たとえば、立ち上がる、しゃがむ、膝をつく、バーナーを手にして立つ、壁に向かって歩く、釘を打つ、など、ほかの人がやったら何でもないことをこの人がやると目が離せなくなる。今回のチラシには上野の所作を「武術」(生野毅)と形容する言葉があるが、まさにそうで、存在じたいが鋭利な「戦い」に貫かれているのか、とても美しいのだ。だから、その姿が今回は闇に隠れていることに、ちょっともったいないという気持ちがよぎった、それほど特別で、見たいという欲求を駆り立てる何かなのである。
 終盤、上野は、老木を飛び降り、関の身体のほうへと近づいた。まるで気配のようにふわりと、上野という闇の分子が、関という光に飛び散るように。仰向けで動かない関の上には、すでに腐葉土のようなものと、生々しくちぎられたバラの花が散らされている。そこを、上野が大きな透明なラップで、マット全体をぐるぐると巻いていくのだが、その巻き方も印象に残った。
 顔まで覆ってしまったら呼吸ができない。だからこのようなパフォーマンスでは顔の部分だけ、観客もよそよそしさを感じながら見なかったことにするのが暗黙の了解だろう。でも、その難しいところを、上野は超えようとしている、と感じた瞬間があった。何かを捨てるような覚悟で、最後、マットの端から端へいっきに飛ぶように、関の顔を覆った。 
そこでは、関さなえは、人間であり、活けられた「花」でもあった。そして、「花」を活けるということは、同時にあやめることでもある。上野の「はないけ」に常に切迫した光が放たれているのは、その矛盾から目を逸らさないからだと思うが、今回は、「人間と花」の結び目が顕著で、より本質的な問題を浮きたたせる設定になっていたと思う。
 人間はうまれた瞬間、死にむかって生きていくともいえ、花と同様、大きな矛盾を孕んでいる。でも、気をつけなくてはいけないのは、両者(生/死)じたいは決して曖昧にぼやけてなどいない、ということだと思う。その厳しさに正直になればなるほど、もちろん演者の安全には充分な配慮が必要だが、その上で、より正確に、真実に近づくための〝位置〟を突き詰めることになるだろう。その微妙な臨界にいどむことを了解しあっているように見え、清新な気迫に感動すらおぼえたコラボレーションだった。








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