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文学
夜行観覧車
書籍・作品名 : 夜行観覧車
著者・制作者名 : 湊かなえ  
CH   19才   女性  





 『夜行観覧車』は、坂の上にある高級住宅街・ひばりヶ丘を舞台に、二つの家庭がそれぞれの抱える問題に向かい合っていく物語である。遠藤家は最近ひばりヶ丘に引っ越してきた父母娘の三人一家であり、中学受験に失敗した癇癪もちの娘・彩花が母・真弓に向かって怒鳴る声が毎週のように近所に響く。一方、向かい側の高橋家は息子二人娘一人のエリート一家で、真弓は裕福で幸せそうな高橋家に憧れを抱く。ところが、そんな高橋家で医者である父が殺害される事件が起きる。
 この小説の形式としては、語り手が次々と変わるために同じ場面や人物を異なる視点から見ることができる。ある人物の考えが他の人物の視点では否定され、その人物の考えはまた他の誰かによって否定される。例えばひばりヶ丘という土地に対しての見解だ。真弓にとっては夢だった一軒家に住んでいるという自尊心を満たしてくれるステータスであるが、彩花にとっては自分が受験に落ちた私立中学を横目に坂を下って公立中学に通わねばならない事実を痛感させられる、苦しみの原因でしかないのである。もちろん真弓がそれを知る由もなく、唯一全人物の視点を俯瞰することができる読者はもどかしい思いをさせられる。
 一見幸せそうに見える高橋家でもそれは同じで、父の前妻との子で出来のいい長男・良幸と、現在の母・淳子との子ではあるが父親似の長女・比奈子、淳子にそっくりな次男・慎司とでは、それぞれの親に対して抱く感情は大きく異なる。特に、慎司を最も可愛がっていた(ように見える)母に対する比奈子の思いと、異母兄である良幸と張り合わせようとする母に対する慎司の思いとでは、同じ淳子という人物の評価でも全く違っていたはずだ。
 遠藤家の母娘と高橋家の三兄妹は、物語の過程で自分が知らなかった互いの思いを初めて知る。完全に理解しあうわけではないものの、多少なりとも認識の差異が縮まり、家族で一緒に問題を乗り越えていく。しかしそれは家族同士が膝を突き合わせて対話した結果得られたものであるし、家族同士だからこそ出来たことではないだろうか。なぜなら、家族のことはしょせん当人同士にしかわからないからだ。共に過ごしてきた時間の絶対量が圧倒的に違うのだから当然のことだが、私はもし自分の家族が何か問題を抱えていたとしても、それを他人にどうこう言われたくないし、理解されたいとも思わない。家族の問題はその家族のものであり、自分たちで解決しなければならないと思う。
 『夜行観覧車』という作品について、作者の湊かなえは「『夜行観覧車』は家族の物語です。ここで起きる事件は、どこか遠い町、同じ地域、お隣さん、余所の家での出来事のようでいて、もしかすると、あなたの家で起きる事かもしれません」と言及している。テレビで家族同士の事件などを目にするたびに、「うちには縁のない話だな」と思ってしまう自分がいる。しかしそれは私の思い込みか、もしくは願望かもしれない。高橋家のように何がきっかけとなるかわからないのだ。万が一家族と自分が何か困難な事態に陥ったとき、大切なことは他人の目を気にして取り繕うことではなく、家族一人一人の声を聞き、対話し、共に乗り越えていくことではないだろうか。






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