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文学
「暗幕のゲルニカ」に通じる、アートの持つ力
書籍・作品名 : 暗幕のゲルニカ
著者・制作者名 : 原田マハ  
たっちゃん   19才   男性   





 今回私が題材にした作品は、パブロ・ピカソが描いた世紀の問題作「ゲルニカ」を中心として、第二次世界大戦期とアメリカ同時多発テロ事件発生前後のような過去と現在、すなわち真実とフィクションの交錯する物語だ。当然ながら前者の主人公はピカソとその愛人・ドラであり、後者の主人公はピカソ研究の第一人者で美術館の企画部長を務める八神遥子である。
遥子はテロ事件によって最愛の夫を失い失意の底にあったが、アメリカがテロに対する報復行為としてイラクに無差別攻撃をするということに対しては断固反対だった。そこで遥子は反戦の意を示す為にピカソのゲルニカを展示しようと思い行動するが、マドリッドにある本物のゲルニカは借りることが出来そうになかったので、国連にある世界で唯一のゲルニカの複製品を借りようと試みる。しかし国連でイラクへの武力行使が承認された時の会見場ではゲルニカに周りの目を遮るような暗幕が掛けられていたのである。
そもそもゲルニカとはどのような作品なのだろうか。なぜ米国に隠されたのだろうか。当然現代の何も知らない人々がこの作品を見ても「不気味で不思議な壁画だ。」といったくらいにしか感じないだろう。しかし実際はそれほど単純でつまらない壁画ではない。それはゲルニカとは、ピカソが母国であるスペインの内戦の惨状に心を痛め、その惨状の様子に強い反戦の意を込めて描き、万国博覧会に展示した作品であり、当時の人々からすればこの作品は戦争被害者の精神の傷を再び開かせ、戦争に加担する加害者に強烈な罪悪感を与える代物だからである。こうした背景を理解したならば、アメリカ・国連がこれから報復行為として空爆を行う前に周囲の目から隠しておくべき作品であること、また遥子がなぜそれほどまでに反戦のメッセージとしてゲルニカを重視したのかということも簡単に納得できるだろう。
そしてここからは私個人が「暗幕のゲルニカ」を読んで感じたことを具体的に述べたい。
まずは内容について私が「暗幕のゲルニカ」の作者である原田マハさんの思いを最も強く感じた象徴的な言葉を紹介する。それは遥子がゲルニカを借り出す為に説得を試みるときに「ゲルニカは貴方のものじゃない。ましてや私のものでもない。私たちのものよ。」という台詞を言うシーンである。この言葉はピカソの「この絵の作者は私ではなく、スペインを攻撃したドイツ軍であり、人類なのだ。」という台詞にも通じるが、重要なのはゲルニカの背景を私たち自身の物語として、リアリティを持って受け止めていくということなのではなかろうか。すなわち現代の私たちもゲルニカやその他の芸術作品、及び多くの歴史的事実といったそれぞれが持つメッセージにふれ、それらを丁寧に理解し、今後の私たちの人生に活かしていくべきなのである。
最後に私が強く胸を打たれたのは、芸術作品や文学作品のもつ力についてのことだ。本作を例に取ってみても、この力が現れているシーンは多く散見できる。例えばピカソが戦争に対するネガティヴな思いをゲルニカに込め、戦争当時の万国博覧会に展示したことで民衆に反戦意識を植え付けたことや、遥子がアート企画の力で多くの人々に戦争自体が良くないのだと報復意識を改めさせたこと、紙媒体でそのことを伝える遥子の友人等々挙げてもきりがないほどである。「芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ。」このようにパブロ・ピカソが言葉に遺した通り、芸術や文学には力があるのだ。しかしここまで大きな規模のことを述べておきながら、私にはまだ自らの芸術を現代社会に立ち向かう武器にするほどの力もなければ、これからそのような力が発現する可能性も限りなく低いだろう。しかしそれがどのような背景を持っているかくらいは分かっておきたい。万国博覧会当時「ゲルニカ」を見てピカソの悲しみや戦争の罪深さといったメッセージを感じ取ることの出来た人々のように。






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