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文学
「知る」楽しさ
書籍・作品名 : 和菓子のアン
著者・制作者名 : 坂木司  
R.F   18才   女性  





「和菓子は俳句と似てるんだ」
これは私がこの本を読んで最も心に残った言葉だ。知識を得る楽しさ、意味を改めて考えさせられた。
 私が読んだのは、坂木司の『和菓子のアン』という本だ。表紙の美味しそうな饅頭に惹かれて手に取った。この物語は、18歳の梅本杏子がデパ地下の和菓子店「みつ屋」で働き始める所からスタートする。個性的な同僚に囲まれながら、和菓子の魅力を知り、徐々に仕事に楽しみを見いだしていく。訪れるお客さんの言動に秘められた謎と、美味しそうな和菓子が見所の作品だ。
 「松風」もお客さんの謎に関係する和菓子の一つである。人によって、煎餅風、味噌松風など様々な松風を思い浮かべると思うが、この本に出てくる松風は、しっとりとした和風のケーキだ。松風を買おうとするのは杉山というお客さん。彼女の謎は、いつも黄色と白、緑と白の色合わせの服を着ていること。
 実は松風の由来は「浦寂し、鳴るは松風のみ」という謡曲だという説がある。「松風の音ばかりで浦(裏)が寂しい」という意味だ。焼き目などがなく、裏が寂しい和菓子だったため、この名がとられた。「松風ばかりで、裏が寂しい」省略すると「まつばかりで、さびしい」となる松風の語源。そして和菓子の世界で、黄色と白、緑と白の組み合わせは不祝儀の色である。つまり、杉山は亡くなった大切な人に気持ちを伝えるためにお菓子を買っていたというのが真相であった。
 このように、和菓子にはストーリーがある。人々は和菓子に、直接言えない想いを乗せて誰かに贈る。この本の中でそれは、裏切り者の告発や、プロポーズだった。作者はこの和菓子に込めた気持ちを「解かれなくてもいい謎」と表現している。「気づいてくれたら、嬉しい。でも気づいてくれなくても、かまわない――」
「解かれなくてもいい謎」を「分かってもらうことを目的とせずに込める想い」と定義するなら、これは和菓子でなくとも、身近にも多くあることだと思う。服装や、細かな言い回し、和菓子以外のプレゼントでもそうだ。気づかれなくてもよく、むしろ気づかれない方がいいこともあるけれど、そこには言葉に表さない想いがある。身長の高い私と、二人で遊ぶときにヒールを履いてきてくれる友達や、たまにどうでもいいことを連絡してくる兄など、たくさんの「解かれなくてもいい謎」がある。
 私が思い出したのは高校時代のことだ。母は毎日私の弁当箱にぎゅうぎゅうにごはんを詰めてくれていた。お米は詰めすぎて固くなっていたし、おかずもピッタリと隙間無く、毎日違うものが入れられていた。当時の私は、ここまでしなくてもいいのに、と少し面白がっていたくらいだったが、これも母の「お腹いっぱい食べてほしい。勉強頑張って。あなたを応援している」という「解かれなくてもいい謎」だったのかも知れない。一人暮らしを始めて、毎日弁当を作る大変さを知ると尚更そう思うようになった。
 このようなことを思い出し、私たちはきっといつも小さな「解かれなくてもいい謎」を作って生きているのかもしれないと思った。そして私はできる限りそれらを解きたいと思った。解かれなくてもよくても、解いた方が楽しいと思う。「和菓子は俳句と似てるんだ」という言葉を冒頭で紹介した。「俳句は短い言葉でできた詩の中から、無限の広がりを感じることができる。でも知識がなくても言葉の綺麗さは伝わるし、知識があったらその楽しさはもっと広がる――」悪い想いが込められた謎なら少し嫌だが、私のために込められた謎は何でも解いて知りたい。そのためにたくさんの知識を得たい。この本の中でも、杏子が和菓子についての知識を増やしていくにつれて、多くの謎を解けるようになっていった。和菓子、俳句、花言葉、詩など、知っていても役に立たないようなことを知ることの意味はそこにあるのかもしれない。単純にそれらを読んで知識を得るという楽しさだけではない。ふとした出来事で思い出し、世界の広がりを感じる。誰かの想いを想像する。そこから「解かれなくてもいい謎」を推理する。本を読むこと、勉強することはこれほど楽しい経験を与えてくれるのだと感動した。
 加えて現代社会は、急速に発展し、価値観も常識も変わり続けている。適切な判断や行動をするためには幅広い知識、教養は不可欠だと思う。思考力も同様だ。「解かれなくてもいい謎」を解くために知識を増やし多角的に考え続けることは、生きる力を身に付けることにも繋がるだろう。これからも本を読んでいきたい。知識をつけたいと思った。






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