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映画
現在に通じる問題提起
書籍・作品名 : リチャード・ジュエル
著者・制作者名 : クリント・イーストウッド監督作品 日本公開2020年1月  
すすむA   59才   男性   





今年5月で90歳になるクリント・イーストウッド監督がまた新作を出した。Wikipedia掲載のリストによれば56作目の監督作品となる。監督の映画制作会社名Malmaso Production(Malmasoはスペイン語でfoot wrong 踏み違い。英語でput a foot wrongといえば「悪いことをする」という意味があるそうだ)の寓意に反して、良くここまで堅実にやってきたものだと感心する。

ここ数年は実際にあった事件を題材にとった作品が多い。原作が持つ内容・意味を大きくは変えることを欲しない監督の誠実さが災いして、制作された作品が時として「凡打」になってしまった例も無いではないが、本作は久々のヒット作と言える。

物語は1996年7月27日、アトランタ・オリンピック会場近くの公園に仕掛けられた爆発物を警備員のリチャード・ジュエルが発見し、多くの人たちを避難させたが、爆発は防げず、2人の死者と100人以上の負傷者を出す大惨事になった事件に基づいている。マスメディアは最初リチャードを英雄として持ち上げたが、数日後、地元紙が「FBIは第一発見者のリチャードを疑っている」と報じたのをきっかけに英雄は極悪人として糾弾される。リチャードは知人の弁護士ワトソン・ブライアントに縋り、彼と共にこの理不尽な裁判を戦う、というストーリーだ。

1997年にリチャードから直接にこの話を聞き書きした、マリー・ブレナー Marie Brennerによる、‟AMERICAN NIGHTMARE: The Ballad of RICHARD JEWELL“をネタ本としている。このノンフィクションは〚Vanity Fair〛Web版で読める。

この映画を誉める理由は二つあって、その一つは公権力との熾烈な抗争が描かれていること。中小企業庁の職員時代に、そこで働く清掃員のリチャードと対等に付き合い、信頼されて来たワトソン・ブライアント弁護士が、以前にリチャードが警官志望だと知って「権力に麻痺するな」と諭す場面があるが、この話はそっくり裏返ってFBI捜査官ダン・ベネットとの対決に使われる。ワトソンは国家との勝負に勝ち目はないとビビるリチャードに向かって「国家との対決ではない。国家が雇ったクソとの対決だ」と力づけるが、善良な市民が権力を持つと如何に傲慢になるかと言う先の警句を実地で再確認させる言葉である。権力との直接対決はこれまでのイーストウッド作品には顕示されてこなかったのではないか。

二つ目はメディアとの戦いである。アトランタ・ニュースの女性記者キャシー・スクラッグスがダン・ベネットに、性交渉と引き換えにFBIが捜査中の爆弾犯人が、爆発物の第一発見者で、多くの市民を救ったとして「英雄」視されているリチャードだとリークさせ、新聞にすっぱ抜いたこと。彼を「貧乏白人」と決めつける差別用語も凄まじいが、報道は一夜のうちに読者を変身させ、英雄をテロリストに突き落とす。キャシーの動機は犯人探しと言うより、嘘でも何でもいいから世間から注目されることだ。このように、映画は2020年現在の一部マスメディアの妄挙を25年前の時点で先取りしており、きわめて現代的な告発を含んでいる。

記者会見でリチャードの無実を信じる母バーバラ・\"ボビ\"・ジュエルの演説も素晴らしかった。大統領に向かって「助けて欲しい」と祈る彼女には、国家は自分たちのものと考える市民の基本理念が保たれている。しかし会場にキャシーを登場させて涙ぐませるのはやや安っぽいエピソードだった。彼女も独自に会場と公衆電話との距離を測って、爆発物を発見した時間と警察に通報した時間差で、電話を掛けるのは不可能だと知っているのだが、その後アトランタ・ニュースから訂正記事が出たという映像はなく、彼女の涙が何を意味しているのか判らない。

アメリカのレビューには、キャシーが自分の肉体を囮にしてスクープを入手したいきさつを「女性蔑視」だという批判があるそうだ。勿論リチャードはそんな内輪話を知るはずなく、原作には身体を張ったとは書かれていない。彼女の性格は、‟She[Kathy] was characterized as \"a police groupie\" by one former staff member.”と描かれているが、当時の女性記者にはあり得た話だったかもしれない。リチャードもキャシーもすでに亡くなっている。

映画にはこれとは別に、FBIによってリチャードの共犯者に仕立て挙げられそうになったホームレスの友人とのホモ関係を、彼が執拗に否定するシーンが複数回も映し出されるなど、イーストウッド監督の、ホモソーシャル(ワトソンとの関係はまさにそれに当たる)でミソジニーな性向が意図せずに露出しているのかもしれない。






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