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映画
[楽園]のおとぎ話と現実との落差を描いて秀逸
書籍・作品名 : ベルカント・とらわれのマリア
著者・制作者名 : ポール・ワイツ監督 2018年(米)  
すすむA   59才   男性   





原作アン・パチェットAnn Patchettの『BelCanto』は2002年のPen/フォークナー賞を獲得したベストセラー小説である。主演の渡辺謙はこの映画の公式サイトで、映画化は10年ほど前から企画が始まっていたが、「911の後、世界で様々なテロが起きている中で、この話が受け入れ」られるかどうかが問題となり、長い間中断されていた、と言う。小説を読んでいた私は今回どのようにフィルム化されるだろうと興味津々で観た。

原作にほぼ忠実に沿っているな、という満足感があった。2003年発行の山本やよい訳版(早川書房)で400ページの大作だから、2時間の映画ではある程度の簡略化は避けられない。ストーリーは原作者が言うように、1996年のペルー大使館占拠事件をモチーフにしたと言うから、小説には登場しない日系二世のマスダ大統領が、フジモリ大統領に酷似しているというのも映像ならではのユーモアだろう。

小説は音楽を巧みに文字に移し替えることに成功している。ホソカワ同様にオペラファンである私もマリア・カラスが足下にも及ばないと評判のロクサーヌ・コスや彼女が見いだしたセサル少年の歌をもっと聴きたかったのだが、ストーリー展開の上で無理かなと諦めた。しかし原作にはなかった、彼女に吹きさらしのバルコニーの上で歌わせるというアイデアは、世界的ソプラノ歌手に気の毒だった。

物語は、南米の貧しい小国の副大統領官邸で催された、大企業社長ホソカワに投資を促すためのパーティーにテロリストが乱入するところから始まる。だがターゲットにしていた大統領は大好きな連続テレビドラマを生放送で観るためにドタキャンしていた。目算が狂った彼らはパーティーにいた各国の著名人を人質に取り、投獄されている仲間の釈放を要求する。予期せぬ人質になってしまった互いに言葉の通じない金持たちが、(原作では拘留期間は4ヶ月に及ぶとされる間に)同じく価値あるとされて囚われたロスが毎日歌う美しい歌声に癒やされて、互いに信頼しあい協力しあって行くが、それがテロリストにまでも及んでしまうと言うのが眼目だ。赤十字の交渉人ヨアヒム・メスネルがベンハミン司令官にもう「あなたに人質は殺せない」と言わせるまでにテロリストは軟化してしまう。ふかふかのソファにも美味い料理にもまして世界的ソプラノ歌手の歌にも無縁だった無智で若いテロリストたちも、ドタキャンの大統領と同じテレビ番組に息を詰め、この状況が永遠に続けば良いと願うのも無理もない。映画は邸宅の周囲に住む貧しい人々にもカメラを向けることを忘れない。だがこんな膠着状態が一生続くはずがない。政府による反撃が始まる。

ある日、交渉人ヨアヒム・メスネルが「今夜中に投降しろ」と暗い顔で司令官を諭す。翌日テロリストたちが銃を置いてサッカーに興じる最中に、同国の対テロ特殊部隊の突撃が始まる。激しい報道管制が引かれるなかで、ヨアヒムは逐一テロリストたちの心の緩みを報告していたのか。(原作もそうだが)権力側の政治的思惑には全く触れられないなか、「楽園のお楽しみ」はこれでおしまいとばかり、現実に引き戻される結末の落差は大きい。

特殊部隊がホソカワへの誤射を始め、なぜ銃を捨てて投降するテロリストまでも無慈悲に射殺してしまったのか。映画がテロリストは絶対悪だと規定し直して襲撃を肯定してしまったかどうかはアンビバレンスである。映画は双方の「宣伝」でないのだから、結論は観客に預けられるのだが、それを措いて、我々は現実の複雑さと矛盾に打ちのめされる。






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