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思想
「辺境」から観たEU事情
書籍・作品名 : アフター・ヨーロッパ-ポピュリズムという妖怪にどう向きあうか
著者・制作者名 : イワン・クラステス/庄司克宏訳 岩波書店2018.8  
すすむA   58才   男性   





ブルガリアの政治学者による、EUの「辺境」から中央を観る視点が特徴である。構成国28国のうち、ソ連崩壊後に加盟した中東欧国は16カ国、そのうち「旧ソ連衛星国」は11国に上るEUは、決して西欧型の「一枚岩」ではない。

旧ソ連衛星国はEU加盟により、これらの人々は想像もしなかった自由を獲得した。アイルランドやスペインから、英仏独伊といった大国まで自由に往来でき、居住や労働も可能になったのだ。多くの国民は自国の再建よりも、移住によって手っ取り早く豊かになる方を選んだ。移住者はEUの基本理念「コスモポリタニズム(世界主義)」を満喫したが、その一方250万人がポーランドを離れ、350万人がルーマニアから出国し、リトアニアの人口は350万人から290万人まで減少、母国は福祉制度の維持に四苦八苦している。

EU総体は、経済を維持するために、加盟国内外からの労働力の充当が喫緊の課題である。従って難民を忌避する人々の考えはイデオロギーであり、イデオロギーを煽るポピュリズムという「妖怪」である。ブリュッセルがこれまで進めてきた世界主義を根本から否定する妖怪は、EUに旧ソ連のような「予期せぬ」崩壊をもたらすかも知れないと著者は見る。その崩壊の仕方は「銀行の取り付け騒ぎのようなものであって革命ではないだろう」。

著者はこのポピュリズムの「慣性」を「中欧のパラドックス」「西欧のパラドックス」「ブリュッセルのパラドックス」に分けて展望する。

一途独裁下でリベラルな価値観と無縁だった東欧に与えられた西欧型政治体制は、市民に「主権」を与えたが、同時に民族主義をも呼び覚ました。多くの市民はブリュッセルが国の主権を侵していると考えるようになり、ポピュリストと彼らを利用する反リベラル指導者層の生き残りに出番を与えた。「EUエリートと移民はお互いを利用してうまくやっている双子のようなもの」とするのが彼らのレトリックである。特に移民割り当てに激怒する労働者層は本来の「階級連帯」を捨て強権政治家に引きつけられる。「政治家に対する国民の根深い不信にもかかわらず、なぜ人々は政府の権力へのあらゆる制約を取り払うことの熱心な政党に投票するのか」という難問こそが中欧のパラドックスなのだ。

「西欧のパラドックス」とは、これとは違い、「公共生活の民主化や、ますますコスモポリタン的になる若い世代の登場がなぜ欧州を支持する勢力に転換されないのか」という問題である。金融危機以後西欧の若者が政治に関わりを持つようになったことは疑いえない。だが彼らの武器はネットワークでありソーシャルメディアであり、運動は理念も指導者もない水平的な「お祭り」なのである、政治的抗議として街に繰り出し、しばらくは抵抗者としての力を誇威することは出来ても、権力を維持することは出来ない。統一欧州は代表なくして存在しないからだ。さらに漠とした現状不満はポピュリストに絡め取られる恐れさえある。そもそも、①若い有権者数が減少している ②若者は選挙に行かない、という事実は、世代交換で民族主義は消滅する、とする安易な考えのリベラルを戒める。

「ブリュッセルのパラドックス」とはEU市民の能力主義への反発である。EU本部を牛耳っているのは国籍、階級、貧富を超越する能力主義である。能力主義者たちは、自身の優れた能力は生得と努力の成果と信じ、その他のしがらみに囚われることなく、理想を目指す政策を推し進める。「欧州では、能力主義的エリートは、報酬目当てのエリートである」と著者は言う。EU諸機関はサッカーチームのように最高の「選手たち」を獲得するために巨額を投じる。しかしチームが負け出すとファンはあっさり彼らを見限る。エリートに職はどこにでもあるから、来るのも容易去るのも容易。この流動性が土地に根を下ろす人々から信用されないのである。

以上のようにEUの抱える問題を「構造的」に解析する著者だが、決して将来を悲観しているわけでない。「ユーロ危機、難民問題、およびテロの脅威の増大への対応を通して、欧州は少なくとも経済と治安に関してはいまだかってないほど統合された」。朝日新聞のインタビューでも、BREXITで「各国の欧州懐疑派政党の多くは、EU離脱や共通通貨ユーロからの脱退をもはや主張しなくなった。それがいかに大変か、はっきり認識したからです」(2019.3.20)と述べている。ポピュリストを手なずけ、コスモポリタンな西欧の若者を政治に回帰させる良い機会ではないか。EUにとって最も大事なのは「生き残ること」。その可能性を高めるのは「妥協の精神」であるとの結論は、このデモクラティックな歴史的大実験を見守る私にも異議はない。






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