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思想
EU離脱は英国政府への不信任決議
書籍・作品名 : 労働者階級の反乱-地べたから見た英国EU離脱
著者・制作者名 : ブレイディみかこ 光文社新書2017.10  
すすむA   58才   男性   





EU離脱を巡って今なお混迷している英国である。離脱投票時に偽情報で有権者を誘導し、翌年の総選挙で落選した右翼政党「UKIP」のナイジェル・ファラージ前党首が国民の苛々に乗じて、昨今またメディア相手にはしゃいでいる。

そんな移り変わりの激しい話題を追うのに、本書は未だ有効かと不安な気分で読み出したが、懸念はなかった。本書には、「離脱」を選んだのは「右傾化した庶民」だの「排外主義に走る労働者」だのと書く、お手軽解説にはない本格的な分析が詰まっている。

白人労働者の町ブライトンに「移民」として20年あまり住んでいる著者は、求職、出産といった外国暮らしの様々な困難を、トラックドライバーの夫の友人や近所の住民という英国の「地べた」に生きる人々から、「彼ら無くしては現在の私はいない」というほどのサポートを受けてきた。話はその彼らの大部分が離脱賛成者であったという驚きから始まる。「地べた」の人たちは嘘つきなのか。

日本では報道されない世論調査や著者自身の聞き取りを通して判ることは、彼らは排外主義者などではなく、当時のキャメロン保守党首相が行っていた、超緊縮財政政策に対する労働者階級の「反乱」だったということだ。福祉が切り捨てられているところへ移民が増えれば、病院や託児所など公共インフラの不足がますます激しくなるとして、政府への不満表明である。つまり民族問題ではなくて政治問題なのだと著者はいう。このことは離脱賛成派が投票後もEU単一市場を支持していることからも明らかである。

もう一つ驚くのは「地べた」の人々が、自分たちを明確に「労働者階級」だと言い切っていることである。日本で自分を労働者「階級」だと規定し得る人はいるだろうか。英国でも肉体労働等の「マニュアルワーカー」は20世紀の100年間に75%から38%に低下し、いわゆる「中間層」が7%から34%まで上昇した。だが様々な調査は、今も英国人の「半数以上が自分を労働者階級と見なしている」のだ。もともと社会的流動性の低い国だが、彼らの子弟が労働者を継ぐことに不満はない。労働者には誠実、勤勉、愛国心という倫理観があるというアイデンティティはいまだ健全なのであり、「世間的に思われているよりもずっと、彼らは誇り高い人々なのである」。

セリーナ・トッドの著書『ザ・ピープル イギリス労働者階級の盛衰』(みすず書房)を下敷きにした本書の英国労働史の概要にも、歴代の保守党政権のみならず労働党政権までが、いかに地べたの階級を恐れ、敵視し、労働者階級を「単なる貧乏人」と読み替えて「中間層」から切り離そうと苦闘した来た歴史が判る。サッチャーが「階級はもはやなくなる。自分を助けるのは自分だけ」「社会などというものは存在しません」と言った話は有名だが、政治家たちが「自由と民主主義」を叫ぶときは、決まって労働者が排斥されるときだったと述べる著者の判断はうなずける。

そんな労働者の意識が変わり/変わらされつつある、という著者の憂いも読み飛ばし難い。やはり移民問題なのである。労働者たちはもともと移民に対して寛容な心の持ち主だった。職場や住居で移民と肌で接触しているのは労働者だからだ。それが「野心的で勤勉な移民労働者」と怠惰で要求するばかりの「『白人』労働者」に分断され非難されているからだ。ある労働者が述べる、移民労働者は組合にも参加せずに安い給料で働き、稼いだ金を持って帰国してしまう。彼らは「この国の労働者たちの待遇改善なんてどうでもいい」と、移民労働者が英国の労働者階級を解体しているという不満もある。あえて「白人」労働者と書くのには理由があって、エスニシティーや女性たちが彼/彼女らなりのアイデンティティを主張しているのに対し、白人男性と言えば主流派であり、マイノリティ労働者たちが持つような「よりどころ」がないと言うのだ。そういった分断を促しているのも政治であって、労働者は「民族」で争うべきでなく、実際に国を分断している「貧富」で争うべきだというのが著者の主張である。

とにあれ、冒頭の反乱のように「彼らはやるときにはやってしまう人たちなのだ」。20世紀の世界の労働者を主導し、共産主義に抗してオルタナティブな社会民主的労働者階級を構築してきた英国労働者たちは、いまこそ「100年前」の戦いを再開すべき時に来ているという著者の鼓舞を、単なる理想主義だと笑い飛ばすのはシニカル過ぎるだろう。     






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